FlowerJapan 2016 – ビジネスリーダーたちのいけばな展

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明日11月25日と26日、銀座のポーラミュージアムアネックスで開催される「FlowerJapan 2016 – ビジネスリーダーたちのいけばな展」に初めて出展しております(会期は28日までですが、私は前期の二日間に出ています)。銀座でブラブラする予定があるぜという方はぜひお立ち寄りください。

http://www.flowerjapan.jp/exhibition.html

いけばな、という世界に今回初めて触れました。まわりの経営者の方からお誘いをいただき、そして草月流の州村衛香先生に出会い、もともと植物に触れるのは嫌いではありませんでしたが、経営といけばなは通ずるところがあると知って思いきってチャレンジしました。

いけばな、は大切な日本の文化。そしてもともと男性の文化でもある。そう教えていただいて挑んでみたのですが、レッスンの時間が足りなくてもっと触っていたい!と思うほどのめり込んでしまいました。またレッスンを通じてさまざまなお仕事をされている先輩の経営者の皆さんに出会い、新たな視点をたくさん頂きました。

私のお題は「飛び出せ」です。

ABTCの更新が終わりません – APECビジネストラベルカード

今年9月がABTCの更新期限だったのですが、一向に事前審査が終わらずABTCが手元にない時間が続いています。

有効期間は5年

ABTCは原則5年の有効期間ですが、先にパスポートの更新期限がきてしまうとあわせて失効します(ABTCのカードにはパスポート番号が記載されている)。私はパスポートの更新期限よりも前にABTCの有効期限が来たため更新をかけていました。

進捗状況

裏側のオペレーションについては公開されていませんが、日本国籍の場合、日本の外務省に対して申請を行うとそこからABTCの運用を行っている他の18の国と地域に対して(日本をいれると運用中は19の国と地域)一つずつ事前審査が出され、それぞれが承認のフラグを立てる仕組みになっている模様です。そのステータスはWebサイトから確認することができ、私の場合には前回はブルネイだけがなぜか下りてこず「悪いことしたつもりはないんだけどな」と思いながらもブルネイの事前審査を諦め、それ以外の国・地域を対象としたかたちで発行をうけました。

今回、9月後半の時点で承認が終わっていたのは日本、タイ、ペルー、チリ、ブルネイの5つ。ブルネイ、今回は早く承認されていました。

そして今日現在の承認状況は日本、タイ、ペルー、チリ、ブルネイ、ロシア、シンガポール、ニュージーランド、韓国、インドネシア、香港、中国、パプアニューギニア。

すなわち現時点で残る事前審査はオーストラリア、台湾、マレーシア、メキシコの4つ。台湾がないと私の場合にはやや不便なので(台湾の場合には12ヶ月以内の3回の渡航で常客証が申請できるのでその方法もありますが)、せめてあと台湾が出てくれれば即発行、という気分で待っております。

審査状況の確認方法

日本から申請している事前審査の状況の確認は http://www.businessmobility.org/key/JapanCardStatus.aspから行うことができます。

ここでは申請した際の受理番号を入力することになっていますがどうやらパスポート番号の入力はチェックしていない模様で、「自分より何番前の人までこの国・地域の承認はおりてるのかなー」というのは一つずつたたいていくと分かります。当然ながら個人名が出てくるわけではないので気にはなりません。ちなみに台湾については私より400番程度前の人から後は承認がおりていません。つまり待ち行列がそれだけあるということ。

各政府としてはかなりの数の申請がくるのを一件ずつ審査しなければならず大変なご苦労があるものと思います。が、早くお戻し願えると大変光栄です:)

消火栓を確認しよう

なぜか消火栓が気になった日曜午前

昨日の日曜日。何に気持ちが向いていたのか、午前中に3歳の息子と一緒に外に出て自転車で散歩をしていたところ、子供が「消火栓」に関心を持ち、じゃあ消火栓を色々と探してみようかと買い物のついでにぐるぐると回りました。消火栓を探すのは比較的簡単。道路に「消火栓」の標識が出ているものの周囲の下を見回せば見つかります。

まず山手通りを中目黒近辺から北上。地下式の消火栓は数分に一つぐらいは見つけることができます。最新のマンホールは丸型。少し前のは角が丸。その前は四角形だったんだよと教えながら見て回りました。

見当たらない消火栓

見てまわりはじめて10分ぐらい。普段はそこまで気にしないのですが、たまたまこれも山手通り沿いで消火栓の標識を一つ見つけ、「さぁどこだろうね」と話していたら見つからない。そんなことはないと思ってさらにあたりを見回すと、レストランがテラス席のように歩道に椅子と机を置いていて、その足元にオレンジ色にくくられた地下消火栓のマンホールが。

営業時間前のお店とはいえそんな様子を写真で撮るのも何だかと思い何もしませんでしたが、消火栓の位置は気づいているのかはたまた気づいていないのか、消火栓の真上に机と椅子というのが異様に気になりました。(署員が見つけたら必ず指摘すると思う状態。)

普段はこういうのは忙しさにかまけてすぐに忘れるものなのですが、なぜか「お店の人に身分証出して一言いうのもなんだか違うし、報告するようなことかどうかも分からないし、どうしたらいいんだ」とあの消火栓の上にある机と椅子が気になり続けたのです。

そして午後の出火報

そして昼食をとってしばらくした午後2時過ぎ。自宅目の前の一方通行の道路を消防隊と救急隊が通過。家の中にいましたが雰囲気で火災だと感じ、そのあと第二出動がかかっただろうなという雰囲気も察知し、外で遊んでいた娘に「どっち行った!」と聞いて無線機をもって飛んでいき、結果2人が死傷という惨事を目の当たりにすることになってしまいました。このあたりは都内の中でも火災が少ない地域ですが、そのような中でも消防隊の方たちによる消火活動は極めて早く、隣接した家屋への延焼等は免れました。消防団も、この地域の分団の方が数名出ておられ周囲の車の誘導などにあたられていました。本当にご苦労様です。

消火栓

その消火活動の現場で見た消火栓のマンホール。そう、こう使うのです。消火活動を始めるときに消火栓の上に何か障害物があろうものならば、ましてや車が駐車していたりすれば、他の消火栓から引っ張ってくる必要があります。

火災現場での消火栓の状況

火災現場での消火栓の状況

あとで周囲を確認したところ、別の消防隊が最寄りの消火栓を開けて待機していました(これ以外にももう一つの消火栓からはさらに別の消防隊が活動)。上のマンホールは現場から数十メートルもないところですが、仮にこの消火栓からであるとホースは4-5本繋げなければならない距離。

近隣の消火栓を開け待機する消防隊

近隣の消火栓を開け待機する消防隊

消火栓の位置や状況の確認

このblogを見たら、ぜひこの機会に自宅や勤務先の周囲の消火栓の位置を確認し、その消火栓の周囲に障害となるものが普段ないか意識してみてください。消防は普段から消火栓の見回りを丁寧にされているのでよほどのことは見当たらないとは思いますが、何か気づかれることがあるのであれば消防署に相談されることをおすすめします。

Plesk Onyx採用のサービス発表とPleskとの関わり

Plesk Onyx採用のサービス発表

Plesk Onyxというサーバ管理用のコントロールパネルソフトを用いたサーバホスティングサービスを11月に始めることについて先日公表いたしました。(当社含めて何社かの国内の事業者が同時にローンチパートナーとして公表されています)

当社は、サーバホスティングのうちいわゆるサーバ共用型のレンジは既に2010年にライドさんに事業譲渡しており、現在国内ではサーバホスティング領域では専用サーバやVPSといったレンジのサービスのみを展開しています。このうちVPSサービスはほぼ全てが Virtuozzo というプロダクトの上で動いています。

PleskやVirtuozzoの領域はクララの歴史を語る中でも色々と思い出があり、さらにいうと日本における歴史では(誇ることかどうかわかりませんが)クララオンラインが頑張ってきた経緯もあります。せっかくなのでPlesk Onyxの採用という節目をきっかけに過去の歴史を(昔のメールを漁りながら)書いてみようと思います。

以下色々と関係者の名前が出てきますが10年前のことなので許してください!

Pleskとの関わり

いまから遡ること12年前、クララオンラインはPleskの「ローカライズ」をお手伝いすることになります。残っている記録によればクララオンラインが「日本語版の言語パックができましたよ」と最初にお渡ししたのは2004年8月でした。

当時、Pleskの日本での展開は日本法人が出来る前のSWsoft(その後Parallels)の日本での窓口となる人がいただけ。この業界の人であれば知っている人が多いであろうMatthew Edmondさん。我々は他のいくつかのコントロールパネルソフト(HDE Controllerや、Cobalt Qube のあとに出てきたオープンソースであるBlueQuartzなど)をホスティングサービスにつけて提供していました。Virtuozzo を採用したVPSの提供を始めており、その上に載せるコントロールパネルとしてPlesk 、という組み合わせを考えたわけです。

さらに遡り、そのVPSのサービス基盤としてVirtuozzoの採用検討をし始めていたのが2003年2月ごろ。その後の経緯は記録が残っていないものの、一年ほどたった2004年4月に「ローカライズに関心がありますか」との連絡がSWsoftから来ます。この時のPleskのバージョンはPlesk7。日本語にしなければ日本では売れないし、しかし待っていても仕方ない! ということで日本語化をお手伝いをした、という記憶があります。この時に活躍した一人にはその後アカデミックな世界に入ったまま帰ってこない原くんがいます。当社には2002年から2009年まで在籍していました。それ以外にも韓国語へのローカライズも最初に取り組みましたし(そのスタッフは出戻ってクララオンラインでコンサルタントとして在籍中)、繁体字へのローカライズをしていた記録も2004年から2005年にかけてあります。この時は台北ではなく台南に駐在員事務所があり、そこのスタッフが助けてくれていたと記憶しています。

そもそも上のVirtuozzoを採用するにあたっても、SFCにいきながらクララオンラインを助けてくれていた三島が(彼もアカデミックな世界に入ったまま帰ってこないけど)主導的に進めてくれていました。彼は引き続き現在もクララオンラインの顧問です。ここに挙げきれませんが、他のスタッフもたくさん助けてくれました。

世間は狭く

はじめた2004年にはPlesk7のLinux版だけでなくPlesk 7 for Windows、Plesk 7 Reloadedなどのローカライズもしています。ローカライズの対価をもらうかたちではなく、確かその代わりに取引上の特典をいただくという関係で続けました。結局、ローカライズは2005年の終わりか2006年の頭ぐらいまで引き受けていたはずです。

我々が途中でローカライズをする必要がなくなったきっかけはSWsoft が日本法人(合弁)の立ち上がり。セールスを強化していくということで合弁会社が立ち上がり(合弁会社だって最初は知らなかったけどね!)、その後しばらくしてからハンドオーバーしました。世界は狭く(この業界はさらに狭い)、その最初の社長をやっていた長岡は、今はクララオンラインで上に書いたSMB向けのサービスを取り扱う責任者をしています。今回のPlesk Onyxを搭載するサービスはここが担当しています。みんなPlesk好きだね!

Usonyxの買収

その2006年の終わりには今度はクララオンラインはシンガポールでUsonyxというサーバホスティング会社を完全買収します。ここはSWsoft とは従兄弟のような資本関係で、もとはシンガポールのオフィスとも同居していました。当然サービスの基盤はVirtuozzoとPlesk。サービス基盤が共通であるでお互いがだいたい何をやっているかは買収直後から把握できましたね。

(なお、その後Usonyxは、日本での事業譲渡と同じく会社全体の戦略変更に伴って我々の提携先であるマレーシアのホスティング会社のExabytesに売却しています。よく見るとUsonyxのロゴはクララのロゴと色の組み合わせが今も同じだったり、Since 1997はクララの歴史だったり!!で、そのまま引き継がれています。)

そして今。

その後SWsoft からParallels になったり社名やブランドが変わったりありながらもプロダクトとしてのVirtuozzoとPlesk はクララの一部のサービス基盤として採用し続け、なんとそのまま今日に至っています。どれだけVirtuozzoとPlesk触ってきたんだよというぐらいの長い歴史。

そんなクララオンラインが、Plesk Onyxを搭載したサービスをリリースします(まもなく具体的なサービス内容を公表予定)。お待ちあれ!

「男性の暮らし方・意識の変革に関する専門調査会」

乳児用液体ミルクに関する先週末の報道で目にされた方もいらっしゃるかもしれませんが、男女共同参画会議の中に「男性の暮らし方・意識の変革に関する専門調査会」を設置することが先日の第50回男女共同参画会議により決定され、この専門調査会の会長をお引き受けすることになりました。

「働き方改革と表裏一体として女性活躍を加速するため、男性の暮らし方・意識の変革に向けた方策について調査検討」という点がこの専門調査会の目的で、幅広く議論を進めていくことになると思います。

パラリンピアンの高桑早生選手の講演会を開催します

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10月5日19:00より東京都内でパラリンピアンの高桑早生選手の講演会を開催します(主催:公益財団法人日本ユースリーダー協会 若者力大賞実行委員会主催、後援:一般社団法人日本パラ陸上競技連盟)。高桑さんは先日開催されたリオデジャネイロパラリンピックにも出場し、女子陸上(T44)100mで8位入賞、アジア記録を更新しました。

高桑さんは前回の第7回若者力大賞でユースリーダー賞を受賞され、その授賞式の折に20分ほどのスピーチを聴く機会がありました。中学の時に骨肉腫で左下腿を切断し、その後陸上の世界で活躍。既にこのblogでも書いているとおり今回のパラリンピックには私も視察に行き実際に競技場にも足を運びましたが、大変力強い走りを見せてくれました。そして、今年度の若者力大賞実行委員会の委員長を私がお引き受けするにあたり、より多くの方に現役パラリンピアンの話をぜひ聞いていただきたいと思い今回の講演会を企画することに至っています。

既に多くの方から参加のお申し込みを頂いておりますが、現役パラリンピアンの話を直接聴くチャンスはなかなかなく、貴重な機会ですのでこのblogでもご案内いたします。お申し込みは下記のURL(日本ユースリーダー協会のWebサイトにリンクしています)にあるフォームからお願いいたします。
https://goo.gl/SvnFot

私も当日は会場におります。ぜひお越しください!

久々の高鉄(中国版新幹線)で杭州から上海

杭州から上海までの1時間の旅

杭州東駅から上海虹橋への移動で朝一番から高鉄(中国版新幹線)に乗ってきました。およそ150kmの距離を一時間強で走ります。

朝の渋滞に巻き込まれたくなく、しかし地下鉄はというと前日夜に少し歩いて確認したらホテルからそこそこの距離。そもそもスーツケースを地下鉄で移動するのはちょっとイヤだなとも。よって2時間前にホテルを出てタクシーで移動。西湖のそばからで20分ぐらいでした。

チケットの窓口が見つからないよ!

外国人なのでチケットの受け取りは事前予約した番号とパスポートで窓口でのやり取りが必要なのですが、、、空いている窓口が見つからない。。

タクシーで降りた北側の二箇所にある乗車券売場は自動機しかなく、人がいないのです! 人いてよ!

そもそも今回杭州東駅は初体験。いつものマイカントリーな北京南駅は建物に入ってからチケットの窓口があるのですが、杭州東駅はいきなりセキュリティ。中を見渡してもチケットの窓口は見えません。

だいたいこういうときには「朝だからどこか一ヶ所だけがあいている」という法則により(どんなんだか)、聞くか探すかです。聞きました。一階だよって。でもこの駅は広い。変なところから一階に降りると迷いそう。探し回った結果、東側の一階に降りると人がいるチケット売り場かございました。

杭州東駅の一階チケット売り場。

杭州東駅の一階チケット売り場。

杭州東駅の待合室スペース全景。ひろっ。

杭州東駅の待合室スペース全景。ひろっ。

チケットの売り場はたいてい「受け取り」「買う」「変更する」の3つが並んでおります。中国語のみ。北京や上海はどうだったかな。西洋風の外国人が窓口を見つけられず悩んでおりましたが、漢字だけじゃそりゃ無理だ。もちろん中国ダメだということを言うつもりはなく、その視点、日本にいるときに持たねばなりません。(でもG20きたばかりなのにな)

中国版の新幹線

中国版の新幹線

出張は終わり。帰ります。

これから深夜便の浦東→羽田のフライトで東京に戻ります。便利になりましたね。以前は夕方のフライトでしか東京に帰ることができなかったのでせいぜい14時ぐらいまでしか上海にいることはできませんでした。午前1時45分発、午前5時40分着というフライト。時差があるので実質3時間。ほぼ睡眠時間がとれないので明日は使いものにならないかもしれません。

リオのパラリンピック視察を終えて

リオのパラリンピック視察から帰ってきました。今回は子会社のスポーツITソリューションの社長と同行し、13日に入り14日の朝から連日複数の競技会場をまわり、19日の閉会式の最後まで細かく見ることができました。まずは健闘した日本代表チーム、関係者の皆さん本当にお疲れ様でした。ここでは視察を終えたところで忘れないようにしておきたいことをメモ的に残すことにします。

観客動員

後半になるにつれて明らかに各競技会場には観客が増えていきました。ご存知のとおり過去2番目のチケットの販売となったわけですが、実際にチケットは最後3-4日はほぼsold out。売れただけでなく会場の入りも相当でした。

一部では Transformaのプロジェクトなどを通じて学校などの動員もあったようですが、少なくとも最後の2日ぐらいはその比率も少なかったように思います。移動を見ていると家族連れ、カップルが多くいました。

アクセシビリティ

まずかなり集約性は高かったと思います。実質的にはバッハ(Barra)地区のオリンピックパークに多くの競技があつまり、これ以外にマラカナンスタジアム、オリンピックスタジアム(陸上)、マラソンやビーチバレーはコパガバーナ海岸など、でした。

Centralやコパガバーナ方面からオリンピックパークへは地下鉄1号線の先に、オリンピック会期直前に出来た4号線(チケットがないとのれない仕組みはパラ期間中も同じでした)、そしてその先に機能するBRT(専用レーンを走るバス)が機能していました。オリンピック期間中はわかりませんが、パラ期間中は混雑はするものの比較的順調にまわっていたように思います。

東京は会場がかなり分散することが予想されていますが、外国人にとっては慣れない土地での慣れない交通手段での移動はかなり大変なもの。その点、市街地から距離は離れていてもリオの集約性は悪くはありませんでした。

地下鉄の駅は従前からの駅はエレベータがない駅も多く、階段脇につけるリフトでの対応。実際には電動以外の人ではエスカレータに介助者と一緒にのっている人も多くみました。(私もよくやっていました)

BRT

そのBRT。かなりの広範囲をカバーする路線があり既に市民の一般的な足になっているようでしたが、鉄道をひくほどでもないが、またはコスト面でひけないが、一般的なバスよりも高速かつ定時運行に繋がるという移動手段としては○という印象です。急行運転と各停運転を組み合わせていて、各BRTのバス停で抜くことができるようになっていました。無理に鉄道をつくらず(つくれず?)BRTをきちんと整備した上での成功例ではないかと思います。

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一点気づいたことは、名古屋のように高架にしているわけではないため、専用レーンを少なくとも片側1車線ずつ確保しようとするとそれ以外の一般用レーンで2車線としても、合計6車線は必要になります。その道幅を既存の道路で作ることは通常難しいと思われ、都市計画の中に当初から組み込まれるなどの必要がありそうです。

また、BRTといっても高架ではないために信号の影響は受けます。この点は高架専用レーンを作るかどうかとのトレードオフになりそうです。

地下鉄

1・2号線のCentralよりコパガバーナ寄りでは雰囲気は悪いとは感じませんでした。そこより外側はちょっと雰囲気が変わった気がします。Centralの駅を上がったところの昼間の雰囲気だけは明らかに薬物系かなという人が何人もみられたりて少しよくありませんでしたが、私の個人的な印象ですが、中央駅って何となく雰囲気よくない国もあり、こんな感じかな、とも。

ボランティアスタッフは駅に数名ずつどこでも見られ、何度か尋ねて見ましだか丁寧でした。Rio Cardと呼ばれる交通カード以外に期間中はオリンピックカードという1日、3日、7日の乗り放題券が売られていました。毎日行くならばお得。オリンピックのエンブレムが入っていてお土産・記念になります。いずれも非接触型のカード。均一料金制です。

閉会式の日、大雨がふって混乱したせいもありますが、帰りの時間帯になるとマラカナンの地下鉄の駅が無料開放されていました。(ポルトガル語で「あれ、無料で通れるといってる?」と思い半信半疑でしたが誰も支払っておらず)

クレジットカード

会場内はスポンサーであるVISAのみですが、ブラジル在住の人たちはデビットで利用している人が多い印象をうけました。都度オーソリとりにいっているスピード感なので少し待ちますが便利ではあります。街中でもほぼクレジットカードのインフラは整っています。

セキュリティ

会場はゲート前でX線検査と金属探知機。あとは会場内・市内の道路・駅など至るところに警備に軍や警察。という組み合わせ。閉会式だけはマラカナンの地下鉄を降りたところで持ち物のかばんをあけるチェックを重ねていましたが、経路によってはそもそもそこを通らなくても行けました。

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X線検査はきっちりとみていました。なぜって? 私のかばんに入っていたセルフィーの棒、かなり小型で、折りたたみ式でもあるのでぱっとみてセルフィーに見えないはずなのですが、見つかりました。。(持ち込み禁止なのを忘れていて、かばんに入っていた..) よく見つけたね!と思ってある意味感心して気持ちよく捨てました。身体用の金属探知機はどこでも感度レベルは下げていたように思います。カラビナぐらいでは反応しませんでした。

主なテロ対策は軍や警察の警備が中心だったようです。ドローンが上がっているなどのような特別なものは見られませんでした。街中にゴミ箱はたくさんありますし(もともとのようです)、さして過敏すぎるテロ対策は感じません。結果として何もなかったものの、狙われるリスクのある国際大会においてどのように評価すべきでしょう。ここの見方は専門家の方に譲ります。

会場内の飲食

まず食べ物はだいぶ後半になるとsold outが増えていました。残るのはポテトチップ、アイスクリーム、ポップコーンぐらいでしょうか。(私が大好きな!)ポンデケージョは場所によって残っていたりいなかったり、です。アリーナの近くなどではピザがあったもしましたが、多くの場所は菓子類の範囲でした。パーク内にはマクドナルドとカフェもありました(一ヶ所かつ並ぶのでパス…)。フードの充実具合は△評価。

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ビールを買うとついてくるカップが、各競技のイラストが描かれていてコレクションする人が多くみられました。オリンピックとパラリンピックは違うデザインで、ビールをオーダーするときに「この競技のカップある?」とたずねている人が多くみられました。街中でカップだけが売っていましたが概ね20-25レアル。ビールが中で13レアル(約400円)ですから、この人たちまさか飲んだのかと思いましたが、、どう流れてきているんでしょうね。

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会計(Caixa)で先に支払いを済ませてレシートをもって各ブースで受け取るという仕組みでした。これははじめてみました(社会主義自体のスーパーみたい…)。確かにお金とデリバリーの両方のオペレーションをしなくてもいいので量が多い場合には効率はいいかもしれません。とっさに追加したくなっても出来ませんが。

一部のブースでは、クレジットカード払いの場合には、CAT端末を持っているスタッフが立っていてCaixaの列に並ばなくても支払いができる工夫もされていました。

オフィシャルショップとマーチャンダイジング

パーク内、オリンピックスタジアム内、コパガバーナの海岸などをまわりました。規模は違えど基本的に品揃えは同じ。アパレルが中心です。あとアジア人にはサイズが大きい…。ペンなど文具があればお土産にいいなと思ったものの、そもそもラインナップにはCROSSなどのレンジ中心。さらに後半はsold outしてしまったということで一回も結局見ることはありませんでした。もう少し品揃えの工夫余地はあるはずです。

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レゴが相当売れ残っていましたね。売れている感じがまったくしませんでした。どこにいっても山積み。130レアルが100レアルまで値下げされていましたが、それでも売れないと思います。(買いましたが) レゴの相場からしたら中身から見て高すぎ。レゴを知っている人からするとパーツの数からして日本円で1200円ぐらいの相場の中身です。オフィシャル感があるとしても乗りすぎ。

デザインのセンスや色使いは国によって感覚が違うので良い悪いというのは何もありませんが、パラに限っては、ラインナップと在庫バランスはあまりうまくいっている感じはしませんでした。

言語

まずサインではポルトガル語と英語の併記が基本。これ以外はありませんでした。ボランティアスタッフの中で英語が話せる人は「話せるよ」と胸にかかれています。全般的に「通じなくても何とかしよう!」という雰囲気は感じられました。東京ではどのような計画かはわかりませんが、英語以外の言語もある程度は必要でしょうね。(ガイドブックのレベルで対応しても良いかもしれません)。

デザイン

会場以外での都市全体でのデザインの統一感は実はあまり感じられませんでした。わかりやすくいえば、地下鉄の路線の色の塗り分けは出てくる地図によって違いました。著しくダメだという部分はありませんが、一方で優れている、考えたな、と気づかされる部分には出会えませんでした。

チケット

Webかチケットボックスでのオーダーです。上に書いたとおり結局はかなりチケットが売れたので後半は手に入りにくい状況でした。Webのシステムをずっと見ていたところ、たまにチケットの在庫がポコッと出てくることがあります。ただWebの画面を手でクリックしていっても間に合いません。各競技ごとの在庫のありなしを表示させているページが固定URLだったので、スクリプト書いて「Unavailableと表示されていなければこのボタンを押下」という技で一つとりました。

Webの英語の画面で、支払方法が2つあるうちクレジットカードはブラジル国内の銀行で発行されたものと注意書きが書いてありましたが、もちろん海外発行のカードでも大丈夫でした。この表示は意味がわからなかったです。

オンラインでオーダー後、PDFを印刷するパターンと、Willcall(チケットボックスでの引き取り)と両方あります。Willcallでのチケットの方が何となく「チケット」という感じがしますね。ところで引き取りの際のオペレーションは結構バラバラでした。表示上は、「支払いをしたクレジットカード、オーダー番号、ID(パスポートなど)」でしたが、パスポートだけで済んだ場面と、3つも必要だった場面と両方ありました。

入場時等の本人確認はありません。エリア全体のゲートと、各競技での二箇所でのゲーティングです。携帯側の端末(有線ではない)バーコードを読み取りパターン。ちなみにゲートでわずかな時間差で「同じチケット(PDFを複数枚印刷した状態)で入場」してしまおうとしてもきちんとNGが出ましたので、瞬時に通信している模様です。実際、ゲートのテントの屋根あたりを見てみたらアンテナが立っていました。

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マラソン、クラス認定

車椅子マラソンはともかく、今回から競技に加わったマラソン(視覚障害)は、最初に競技参加者を見てやや驚きました(少ない)。女子のほうは7人。うち日本人は3人。詳しく調べていないので出場までのプロセスがどうだったのかが分かりませんが、マラソンというイメージと実際の人数がかなり離れていました。視覚障害のマラソンは(もちろんどのパラの競技も大変だと思います)、その練習環境も含めて大変だという話をうかがったことがあります。

一方、これに関連して各国の選手をみている中でクラス認定にやや感じるものも残りました。そもそも障害や疾病は外から見てもわからないのでなんともいえないという前提があるのですが、クラス認定が果たしてどの程度細かく各国でなされているのか(IPCのルールがあるとはいえど)は見ている側には分かりにくいなと感じました。ここは今後パラリンピックが社会の中に浸透していくにあたりIPCが継続的に努力すべき点ではないかと思います。

陸上競技

陸業競技はもともと競技場の中で同時進行していくのはどこの大会でも同じなのですが、より競技の種別が一般的な陸上競技大会よりも見る側にとって複雑(障害によるクラス分け、予選と決勝が混ざって進むことなど)であることを考慮すると、ここは見せ方の工夫が必要だと感じました。パラ競技に詳しい人には「T42」「T44」といわれてどのような障害かがイメージがつきますが、おそらく大半はそうではないはずです。見て分かることとわからないことがあり、何か工夫はし得るのではないかなと。

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ちなみにスタジアムに観客用のWiFiは飛んでいませんでしたが、いまアメリカでも日本でも進んでいるようにWiFi経由でコンテンツを飛ばすという方法は出来るようにも思います。書いてて気づきましたが、それぞれの競技会場にいくとWiFiの電波で何が飛んでいるかを調べていましたが、日本と比べてテザリングやWiFiルータを飛ばしている人が少ないのか、めったにそれっぽいSSIDを見ることはありませんでした。

ここからは番外編

ボランティアスタッフのグッズ

ボランティアスタッフのグッズが街中で横流しで売られていました。ウィンドブレーカー、Tシャツ、ポロシャツ、そしてバッグなどなど。

しばらくは「使われたもの」しか見つけられませんでしたが、一回だけ「新品」のものが。今回の大会は中国のスポーツ用品メーカーである361が提供しているのですが中国語のビニル袋に入ったままのものでした。聞くと仕入れルートがあるようで、いくらかで買い取っているようです。逆にオフィシャルショップのアパレルは361ブランドのものはありません。帰りにリオの空港で飛行機を待っていると2-3人、ボランティアスタッフのポロシャツを着ている人を見かけました。靴を履いている人もいましてね(売られているのは見つけられませんでした)。

ボランティアスタッフ用の生地がしっかりしている一方、オフィシャルショップで売っているアパレルがいわゆるスポーツ生地のものがほとんど見当たりませんでした(あるにはあった)。

JAPAN HOUSE

オリンピック期間中はかなり盛り上がりをみせたようです。またパラの期間中は毎日イベントがあるわけではないものの常設の展示などかなされていました。オリンピック、パラリンピックともにメダルをとった後の記者会見もここでされていたとのこと。

ただアクセスにかなりの難点。BRTで4号線の最終駅からは直行バスでオリンピックパークにいけるのですが、それに乗ると通過してしまいます。行こうとするとオリンピックパークの行き来には使わない普通の各駅停車(?)のBRTに乗る必要があります。オリンピックパークに近いところでは場所の確保が難しかったとしたならば、いっそ中心部やコパガバーナなどにおいてもよかったのかなとも感じました。

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このほか、日本の文化を伝える努力や展示、そして会場内では日本料理店が協力されて握り寿司のパックも売られていました。(35レアル。美味しかったです。)

閉会式

閉会式は二つ課題があったと思います。まず、テレビ映像ではなく閉会式の現場を見ているだけだと、日本の部分は何を伝えたいかが良く分かりませんでした。東京は夜の7時。ん。まずここ。そもそもブラジルは夜の8時。日本は朝の8時すぎ。ひたすら日本語の歌詞。ポルトガル語(英語?)の字幕は字が小さすぎて最前列ぐらいからでも読めない。今は閉会式イベントもテレビ向けに作られているのでことさら現場向けにどうこうとはありませんが、少なくともスタジアムにいたブラジル人には伝わりにくい内容だったと思います。残念ながら都知事との旗の引継ぎも、会場では引きの映像がほとんどで、もっと抜いてほしかったなと…。一言でもポルトガル語で「次は東京で!」という場面があれば盛り上がったかもしれません。

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テレビでの映像をまだ帰国してみておらず確認できていませんが、驚いたのは閉会式がはじまってすぐに選手が帰り始め、「あれ、なんで帰るのかな。帰りのフライト? この時間に帰るとは思いにくいし」と思っていると、結局最後の挨拶の時点では選手の4分の3以上は会場には既におらず、観客は取り残されていました。途中から雨が強くなったこともありますが、その雨のせいなのか中身のせいなのか。もっとも音楽のフェス状態の乗りだったので会場にいたブラジル人のお客さんの満足感は強かったのではないかと思います。

まとめると!

まず、事前に言われていたようなリオの危険さは本当に感じませんでした。明るくノリのいいリオっ子は、楽しんでパラリンピックと接していたように思います。いわゆる「かわいそう」という眼ではなく、心底ゲームを楽しんでいました。またブラジルの選手やチームが出場していなくても大きな声援を送ってくれていたことも印象的です。これは日本にパラリンピックが来るときに果たして日本の人はできるかな。

ある夜、食事の場所で、横のテーブルが車椅子バスケのヘッドコーチが所属しているチームのメンバー、という3人の日本人と一緒になりました。その一人の彼からは「絶対に次の大会に出ます!」という言葉があり、こう言いきるという力にも感激しました。実際に今回出場していた多くの選手から「やる!」「力を出しきる!」という力強さを目の前で見せてもらうことができました。

少し長めの視察でしたが、大変色々なものを持って帰ってくることができたと思っています。少しでもパラ競技に、そして東京大会に向けて貢献できるよう、この視察での成果を出していきます!

リオのパラリンピック閉会式に参加

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ブラジル時間の19日夜、パラリンピックの閉会式に参加しました。

小池都知事へのハンドオーバーも見ることができました。途中から雨が降り出してしまいましたが、スタンドは途中からは音楽のフェスのような盛り上がり。次の開催都市として東京が紹介されると、まわりの観客からは「ジャポーン、トーキョ!」とたくさんのハイタッチをもらいました。リオのパラリンピックの感動は一生忘れることがないと思います。

少しの間、パラリンピックロスになりそう。。

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これからアムステルダム経由で帰国します。Team NL、オランダ代表チームと同じフライトです!

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車椅子ラグビー準決勝に進出

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車椅子ラグビーの日本は混合1次リーグB組。既に準決勝進出は決めていますが、今日は最後の1次リーグでアメリカとの試合。先ほどまでこの試合を観戦してきました。結果はなんとなんと延長にまでのもつれ込んでの1点差でアメリカの勝利。

ただ、日本の「池・池コンビ」と呼ばれる池透暢、池崎大輔という二人の選手をはじめ、とにかく日本選手のパワーは負けていませんでした。第4ピリオドは残り1秒でChuck Aokiがゴールし動転。延長に入って残り4秒での同じくAoki の決勝点。負けはしたものの、アメリカとの1点差というのは日本の力の強さを示していると思います!!

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明日はオーストラリアとの準決勝。日本時間の9月18日午前4時からです。
そして同じく応援している陸上の高桑早生選手、明日は日本時間の9月18日午前0時過ぎから女子100m(T44)の予選に第3組で出場します。日本の皆さん、応援してください!